4.ハリエンジュ
卯の花にハナミズキにヤマボウシ。
コデマリにアジサイ、薔薇にボタン。
ユズにユキヤナギに、
「そうそう、ムラサキの花も白いよな。」
「紫が白い?」
ああと頷き、ハンドルに置いた手を時折動かしていた兄様が、
助手席でキョトンとしている敦をちらと見て噴き出す。
「いや悪い悪い。染料、布を染める草の話だよ。
根っこが紫色をしていて そのままその色に染まる草なんだが、それの花が白いってな。」
したたるようなと評される、初夏の緑にいや映える、白い花々にも数々あれど、
格別な白い花を見せてやると、それだけ言って行先は告げられないまま、
ちょっと遠出のドライブとしゃれ込んだ。
珍しくも祭日に休みを貰えた敦だったが、そうともなるとどこへ行っても人が多いんじゃあと、
連れ出してくれた中也に申し訳ないなと思っていたが、
ナイショだと言うばかりの兄人の楽しそうな横顔に、却って彼の側が小首を傾げるお出掛けとなっており。
さあ此処だと目的地の山荘に着いてそうそう、
さして手荷物もないまま、一刻の休憩を挟んでから
ちょっとついて来いと言われて出た先で、そこに広がる風景に言葉を失くしてしまうこととなる。
「…わあ。」
アカシアというとハチミツを連想する人はなかなかヘルシーな人だろう。
日本ではレンゲと並んで養蜂家が追いかける花種であり、
桜が咲いた後を追うように藤のような白い花が房状に咲くマメ科の樹。
手入れをせずともすくすく育つことから、斜面への強化用などに好まれて植樹された時期もあったが、
他の植物を寄せないことが仇になり跡地の土壌改良が難しく、
また根株が過ぎるほどに頑丈でなかなか伐採しきることも難しく、
枝にはユズほどではないが棘もあると、結構難点が多いため最近は植樹も敬遠されているらしい。
とはいえ、この時期の花の付きようは格別で、
「ふわぁ〜。」
いいお日和の新緑の中、白い房花がたわわについた同じ樹が揃って植えられている此処は、
養蜂家には知られた林らしいが、個人の土地だということもあってか穴場とされ。
GWという時期だというに他には人の気配もなくそれは静か。
「ニセアカシアっていう樹だよ。棘があるんでハリエンジュって呼ぶ人もいる。」
一般的にはこちらを“アカシア”と呼ぶ人が多く、ハチミツのボトルにもそうと記されているが、
正確には別にアカシアという樹があるので、
後発(?)のこちらは亜種ということか ニセが頭に付くのが正確なところらしい。
同じヨコハマとは思えぬほどそれは静かな郊外地で、
中也が運転する車を飛ばして高原にあった別荘へ辿り着いたそのまま、
見せたいものがあると連れられてきた並木道。
随分と育ったニセアカシアが自然道の左右に居並び、
小さな小判状の柔らかそうな葉をつけた梢が
時折吹く風に揺れるとざわさわと細波みたいな音を立てるのがいかにも涼しげ。
それに何と言っても満開に近い花の密度が見事で、
緑に映える白が瑞々しくも鮮やかなものだから、
それが延々と連なる 何とも壮麗な風景には敦も見惚れてしまうばかりだ。
「桜並木も壮観でしたが、此処も負けないくらい凄い。」
みっちりと緋色の花が連なっていたいつぞやに見た桜並木はその壮麗さに圧倒されたが、
こちらは萌え初めの若葉と共にあったせいか胸が空くよな清涼感があり、
とはいえ、いつまでも見飽きないよな、魅了される作用は変わりなく。
光が差すようにぱあっとほころんだ童顔だったのが、
そのまま黙り込み、終いには声もないまま見惚れてしまう。
そんな敦だったのへ、
中也も付き合いよく言葉を挟まずにいてくれて。
幾度目かに風が吹き渡ってから、はっと連れがあったことへ気づいてしまったほど、
そっとしておいてくれた彼の人は。
少年がそちらへ視線をやると、今日は休日仕様のアイボリーのジャケットに
淡縹のシャツと濃色のデニムのパンツを合わせた
珍しくもラフないでたちをざっくりと着こなした立ち姿も粋なまま、
恥ずかしそうな顔をする連れへ、霞むように優しく微笑い、
「す、すみません。なんかぼうっとしちゃって。」
「何を謝る。
こっちこそいい機会だと頭の先から足元までを見惚れてたんだが?」
「え?////////」
そんなこじゃれた言い方をして、敦をあっさり含羞ませてしまう。
くすくすと笑い、見惚れていたと言うだけあったほど
やや離れて立っていたところから下生えをサクサク踏みしめて歩み寄る彼は、
ジャケットに合わせたか、カーキがかった麻地の中折れ帽を頭から取ると、
風に遊ばれる赤い髪を指で梳き上げて見せる。
何てことない仕草なのに、やや睫毛を伏せた表情が何とも艶で、
柔らかにほころんだ口許が得も言われぬ色を含んでいるのへついつい見惚れていたが、
「こんなきれいなところ、よく知ってましたね。」
本当に物知りな人だと思う。
言葉の意味とか物事の道理とかだけじゃあなく、
土地勘があるといういろんな場所へもお散歩感覚で連れて行ってもらっているし、
そういうことに慣れているものか
さりげない恰好で作法やマナーらしきものも気が付けば刷り込まれていて。
『そっちは敦の気構えの賜物だ。』
一緒に居て恥ずかしくないようにあろうと思えばこそ身に付くのであって。
どうでもいいならいつまでも変わらねぇはずだぞ?と、
不意を衝くよに褒めてくれるのがまた、
うあぁと思わぬときめきをくれる人でもあって。
何て充実した人なんだろうか。
胸が痛くなるほど素敵で、慣れのないボクはいつも困ってしまってしょうがない。
…ときめき? ときめきだよね、これも。
胸元をそおと手のひらで押さえて、端正な笑顔へのドキドキを うううと押さえておれば、
「昔、紅葉の姐さんに連れて来てもらってな。」
こんな穴場を知っていたことへのお返事を律儀にも返してくれたものの、
紅葉という名には敦も重々覚えがあって。
彼が所属するポートマフィアの美しき五大幹部。
本人が太刀捌きの練達であるのみならず、
やはり鋭い刃を操る“金色夜叉”という異能を操る異能者で。
鏡花を巡る攻防で 敦もまるで歯が立たなかったのは忘れ難く。
そんな彼女の名はこの中也からも時折漏れ聞き、
どうやら彼にとっても姉様にあたる人であるらしいと察せられ。
「あ、じゃあ あんまりはしゃいじゃあいけませんね。」
だとすれば、さぞかし素敵な思い出のあるところだろうに
それを壊すような幼稚なはしゃぎようを仕掛って
ごめんなさいと言わんばかりに身をすくませる少年だったが、
「何言ってる。」
それへこそやや怪訝そうに細い眉を寄せてしまう中也は、
手にしていた帽子をぽそんと敦の頭に乗っけると、
「いいところだから、喜ばせたくて連れて来たんじゃねぇか。」
んん?と庇の下を覗き込むよに目線を合わせてくれて、そのまま、
「誕生日おめでとう、敦。今日は一日甘やかしまくるから覚悟しな。」
「〜〜〜。////////////」
揶揄うような言いようだったが真っ直ぐ見据えてくる眼差しは誠実で。
木洩れ日の下で真っ赤になったまま硬直している愛し子へ、
薄い肩抱いて やさしい口づけくれましたとさvv
Happy Birthday! To Atushi Nakajima!
おまけ・面倒くさい人篇 >>
「何それ、可愛いじゃないか。
どうしてそう気障なことが出来るのキミ。
そうか敦くんの幼さがそうさせるのだね。
そのうち、未成年者への誘惑罪で取っ捕まればいい。」
「うっせぇな。手前が言えと五月蠅いから話したんだろうがよ。」
本人不在ではお誕生日おめでとうと言っても詮無いからと、
探偵社でのお祝いは翌日へ順延され。
当日はさぞかし盛大に祝ってやったんだろうねと、
どうやって嗅ぎ付けたか、中也が一息ついてたバーにやって来て問い詰めた
昼間の子虎くんの教育係様。
聞きたくなるよな何か、余韻みたいなものでも拾ったか、
そりゃあ甘く過ごしたというのなら、
誤魔化しが案外下手くそなこの小男を揶揄う格好のネタになるやもと、
ちょっとばかり楽しみに来たというに。
綺麗な風景を満喫できる山荘で、あくまでも紳士的に散策とご馳走とでもてなし、
しゃれたデザインの腕時計を贈って、一泊して帰って来ただけだという。
「ああでも、いいチョイスをしたもんだね。
口惜しいがそこは認めるよ。
あの色白な敦くんなら、あのアカシアの並木道にも映えたろうね。」
少年が加わったそれは繊細な風景というの、一人で堪能して来て狡いと、
やはり悔しそうに恨みがましげな眼をする面倒くさい元同僚なのへ、
「何を羨ましがってるかな。
芥川だってお前が相手ならどこ連れてっても含羞んで喜んでくれようよ。」
たといセンスの無い手前が夜中の外人墓地へ呼び出したとしても…と。
新しい紙巻へ火を点けつつ、伏し目がちに告げたところ、
「…そうなんだよねぇ。
あの子ったらどんなシチュエーションの中においても
それは雰囲気作って映える罪な子で。」
いやぁ、そこは否めないなぁなんて、
途端に相好を崩してしまった、元双黒の悪魔的策士様。
嗚呼しまった、面倒くさい導火線へ火を点けちまったようだと
先に立たない後悔をしっかと恨んだ重力使い様だったそうな。
おまけ・教育係さんに訊いてみよう篇 >>
いつぞやに太宰さんが中也さんへうそぶいた“青少年保護育成条例”というのは、
未成年にみだらなことをしてはいけませんという条例のことで。(あやまちと寝違えは早めに対策を 3)
日本中のどこ行っても均等に降りかかる“法律”とまではいかないものの、
各地方ごとに“違反したらば罰をくらわせますよ”という格好で条例が定まっており。
『あ、あのあの。
もしかしてそれって、キスとかも含まれてしまうのでしょうか?』
今なんて“寸止め”なんてな際どいところまで進んでおいでの少年だが。
(しかもそれがじれったいみたいだが) 笑
ほんの一年ほど前なぞは、そんな段階でおどおどと案じていたほど初心だったのであり。
中也さんに余計な罪状を増やしたくはないとの心配だったらしいのへ、
『ふむぅ。気になるのだね、少年よ。』
物知りな教育係様、疚しさからかおどおどと上目遣いになっている虎の少年を
瀬踏みするよに しばし見やっていた太宰だったものの、
尤もらしく顎へ手を添えうんうんと深く頷いてから、
『安心したまえ、接吻くらいは問題ない。』
そんな風に言ってそれは頼もしい笑みを見せる。
『ほ、本当ですか?』
『ああ。接吻というのは、西欧では挨拶で交わされるもの。
いわば、日本のお辞儀と同じ代物だ。』
『じゃあ…。』
『そう。軽い抱擁も接吻も、
バナナがおやつに含まれるようにご挨拶の許容のうちと見做されるのさ。』
だから案じることはないぞ敦くんと、励ますように肩を叩いてやる太宰だったが、
こらこら どういう例えだ、それ。
「諸説ありだからな。
それと あんの糞鯖野郎の言うことは話半分に聞いとけ、敦。」
「は、はい。」
〜 Fine 〜 18.04.28.〜05.05
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*何だか最後はごった煮になってしまいましたね、すいません。
いつか使ってやろうと書き溜まってたメモを整理したら、
そろそろ賞味期限が怪しいのが たんと出てきましたもんで。

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